Airbnb Japan公共政策の取り組み|2026年8月
民泊は地域とどう共存していくのか? 観光政策の転換期に考える「安全・安心」な滞在インフラの条件

「第5次観光立国推進基本計画」(※1)では、インバウンドの戦略的な誘客と住民生活の質の確保との両立、国内交流・アウトバウンド拡大、観光地・観光産業の強靱化が、三つの基本方針として掲げられました。これまでの観光政策が「どれだけ人を呼ぶか」に重心を置いてきたとすれば、今後は「地域がどう受け入れ、住民生活とどう両立させるか」が問われる段階に入っているといえます。こうした流れの中で、ホームシェアリング(民泊)はどのような役割を担っていくのでしょうか。今回は、観光政策、観光地経営、観光まちづくりを専門とする國學院大學観光まちづくり学部長・教授の梅川智也氏に、第5次観光立国推進基本計画の意義、滞在インフラとしての民泊の可能性と、地域に受け入れられるための条件について伺いました。
【記事のポイント】
- 「観光政策の転換」:誘客と消費の拡大に加え、住民生活の質との両立が政策の柱として一層明確になった
- 「滞在インフラ」:ホームシェアリングを含む民泊は、地域の暮らしに近い滞在や長期滞在、過疎地域の宿泊機能を支えるインフラとなり得る
- 「地域価値の循環」:民泊を一律に規制したり、無条件に推進するのではなく、地域ごとの実情に応じた制度設計と、収益や交流を地域へ還元する仕組みが重要

國學院大學観光まちづくり学部 学部長・教授梅川智也氏
旅行・観光分野のシンクタンクである公益財団法人日本交通公社で約40年にわたり、日本各地で観光計画の策定、観光地経営、観光まちづくりの調査・実践に携わる。専門は観光政策、観光計画、観光地経営、観光まちづくり。
観光政策は「量の拡大」だけでなく「地域との両立」へ
ーー第5次観光立国推進基本計画では、「インバウンドの戦略的な誘客」と「住民生活の質の確保」の両立が基本方針の一つに掲げられました。これまでの観光政策と比べて、どのような点が大きな変化だと考えていますか。大きな特徴は、住民生活の質の確保が、観光客の誘致と並ぶ政策の柱として、より明確に位置づけられたことです。近年の日本の観光政策では、訪日客数や旅行消費額の拡大が大きな目標とされてきました。もちろん、インバウンドは観光産業にとって重要な柱です。一方で、コロナ禍や国際関係の変化など、外部環境の影響を受けやすいことも改めて明らかになりました。こうした状況を踏まえ、「第5次観光立国推進基本計画」(※1)では、「インバウンドの戦略的な誘客と住民生活の質の確保との両立」を三つの基本指針の一つに掲げるとともに、「国内交流・アウトバウンド拡大」や「観光地・観光産業の強靱化」を明確に位置づけています。インバウンドだけではなく、日本人の国内旅行や海外旅行も含めた双方向の交流を広げる。さらに、災害や感染症、国内情勢の変化に備え、観光地や観光産業の強靱性を高める。そうした視点が前面に出てきた点に、第5次計画の特徴があると思います。つまり、観光政策は「多くの人を呼ぶ」ことだけを目標にするのではなく、観光需要を地域が無理なく受け入れ続けられる環境を整え、「住民生活と両立させる段階」へ進んでいるといえるでしょう。
※1 第5次観光立国推進基本計画(観光庁)観光立国推進基本法(平成18年法律第117号)に基づき、観光立国の実現に向けた施策を計画的に進めるため、2026年度から2030年度までを計画期間とする新たな「観光立国推進基本計画」が2026年3月に閣議決定されました

ーー観光需要が回復・拡大する一方で、混雑やマナー、地域住民の負担といった課題も顕在化しています。観光地経営やまちづくりの観点から見ると、何が重要になるのでしょうか。重要なのは、地域全体をどうマネジメントするかという視点です。混雑やマナーの問題は、旅行者個人の行動だけで解決できるものではありません。例えば、オーバーツーリズムは、地域全体が常に過密状態になるというより、特定の時間帯や場所に需要が集中することで生じる場合があります。そのため、混雑する時間帯や場所、人流の偏りをデータで把握し、需要の分散や交通管理、情報提供などの対策を組み立てることが重要です。また、観光地経営には、目指す姿を共有する「ビジョン」、ビジョンの実行を担う「組織」、組織の取組みを持続させる安定的な「財源」が欠かせません。この三つが一体となることが大切です。また、観光政策の成果は、訪日客数や消費額だけでは測れません。大切なのは、観光によって地域住民が豊かになり、その効果を実感できるかどうかです。ここでいう豊かさには、経済的な利益だけでなく、地域への誇りや精神的な充足も含まれます。例えば、観光を通じて地域の祭りや文化財、自然環境を守る資金が生まれたり、住民自身が地域の魅力を再認識できたりすることも、地域が豊かになる一つの形です。旅行者が増えても、地域に利益が還元されず、住民の納得感も得られなければ、持続可能な観光とはいえません。

滞在インフラの多様化から見る、民泊ならではの役割
地域の暮らしに近い場所に泊まる価値
ーー観光需要が多様化する中で、ホテル、旅館、民泊などを含めた滞在インフラ全体は、どのように役割分担されるべきでしょうか。日本人の観光旅行は、宿で一泊二食を楽しみ、翌日には別の目的地へ移動する周遊型のスタイルが一つの典型でした。一方で近年は、観光名所を巡るだけでなく、地域の暮らしや文化に触れながら、一定期間滞在したいというニーズも高まっています。滞在インフラ全体を考えるうえでは、ホテル、旅館、民泊のどれが優れているかではなく、それぞれがどのような滞在ニーズに応えるのかを整理することが重要です。旅行形態も、一人旅や家族旅行、さらにはペット旅行などさまざまです。温泉地でゆっくり過ごしたい、地域の暮らしを体験したい、長期滞在しながら働きたいといった目的に応じて選べる宿泊施設があること自体が、観光地の受け入れ力につながります。なかでも民泊はホテルや旅館とは異なる役割を担い得る宿泊形態です。地域の日常に近い環境に身を置けることは、旅行者にとってその土地の暮らしや生活文化を知る接点になります。また空き家が増えている地域や過疎地域を抱える地域では、民泊が宿泊機能を補完する可能性もあります。つまり民泊は、ホテルや旅館を置き換えるものではなく、滞在インフラ全体の中で異なるニーズに応える存在として位置づけられます。ーー民泊が住宅地や地域の暮らしに近い場所に存在することには、観光政策や地域経営の観点からどのような意味があるのでしょうか。地域の日常に近い目線で滞在できること、これは従来のホテルや旅館では提供しにくかった滞在価値です。地域に長く住む人にとっては当たり前の風景や暮らしが、ほかの地域から来た人にとっては魅力的な地域資源として映ることもあります。民泊は、そうした地域の日常や生活文化をゲスト(※2)に伝える接点にもなります。一方で、地域の暮らしに近い場所にあるからこそ、住民生活への影響も直接的になり得ます。住宅地に宿泊機能が生まれることは民泊の価値である一方、宿泊者の出入りや騒音、廃棄物など、生活環境への十分な配慮が必要です。そのため、民泊は「暮らすように旅する」体験を支える宿泊形態であると同時に、地域のルールや生活環境を尊重することを前提に成り立つインフラとして捉え直す必要があります。
※2 ゲスト:本記事では、民泊の宿泊者を指す。
過疎地域や長期滞在を支える宿泊機能
ーー宿泊業が商業ベースでは成立しにくい地域や、空き家を抱える地域では、民泊にどのような役割が期待できるのでしょうか。過疎地域では、ホテルや旅館を新たに整備するほどの需要は見込みにくく、商業ベースの宿泊業が成立しにくい場合があります。一方で、地域の自然や文化を体験したい旅行者にとっては、泊まれる場所があるかどうかが滞在の前提になります。これまで宿泊施設がなく、日帰りや通過型になっていた地域でも、空き家などを活用した小規模な民泊が成立すれば、滞在時間を延ばす機会をつくれます。地域に宿泊機能が生まれることで、旅行者がその土地をより深く知るきっかけにもなるでしょう。また、日本では、1週間、2週間と滞在し、自炊をしながら地域を楽しめる長期滞在型の宿泊施設が十分ではありません。自炊をしながら地域を楽しむような滞在ニーズに対して、住宅を活用する民泊はこうした長期滞在のニーズに応える選択肢となり得ます。ただし、民泊に期待される役割は地域によって異なります。過疎地域では宿泊の選択肢の確保や空き家活用が主な意味を持つ一方、都市部や混雑する観光地では、住宅地への集中が住民負担につながる場合があります。だからこそ、地域ごとの条件に応じて、活用と管理のバランスを考える必要があります。

外部の視点が見出す地域価値
ーー民泊を宿泊機能だけでなく、地域の価値創出や地域経営の一部として機能させていくためにはどのような視点が重要になるのでしょうか。地域の暮らしや文化、自然、食、生業の中から価値を見出し、それを滞在体験としてどう編集し、誰がどのように伝えるのかが重要になります。地域に長く住む人にとって当たり前になっている風景や暮らしも、外部から来た人にとっては、宿泊体験や地域ビジネスにつながる資源として見えることがあります。移住者が民泊や宿泊施設を始める背景にも、その地域に魅力を感じて移り住み、その価値を他の人にも味わってもらいたいという動機があります。農業体験や自然体験と組み合わせた宿泊、地域の暮らしを感じられる空間づくりは、外部の視点が地域の新しい客層や市場を開く例といえるでしょう。こうした外部の視点を地域がどう受け入れるかも重要です。地域外から来た人を、地域の魅力を共に伝えるパートナーとして迎えられるかどうかが、地域の受容力にも関わります。地域住民と、移住してきたホスト(※3)が対等な関係性を築ければ、民泊は地域の価値を外へ開く接点として機能します。さらに、民泊を地域に受け入れられる滞在インフラとして育てるには、宿泊収益や交流を地域へ還元する仕組みも欠かせません。例えば、地域の店舗や体験事業者と連携し、景観、文化、自然環境を守る活動にも利益を循環させる。地域の価値を活用して宿泊体験を提供する以上、その価値を維持・保全する循環をつくることが重要です。民泊が地域と共に価値を守り育てるインフラになれば、地域経営の一部としても意味を持つようになります。
※3 ホスト:本記事では、民泊施設を提供・運営する人を指す。

民泊は、地域の暮らしに近い滞在や長期滞在を支える可能性がある一方、住民生活への配慮も欠かせません。後半では、民泊が地域に受け入れられるために必要な「安全・安心」と、管理・制度設計の条件を考えます。
Airbnb Japan 公共政策の取り組み

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